照姫

照姫

会津藩主・松平容保の義姉。天保3(1832)年、上総飯野藩九代藩主・保科正丕の三女として生まれ、10歳のときに 会津藩八代藩主・松平容敬の養女となります。

もともとは江戸の会津藩邸にいた照姫ですが、鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍が負けたときの総退去で会津入り。会津での籠城戦の際には、籠城女性たちを取り仕切り、食事の準備や怪我人の手当て、弾丸の製造などを中心になって行っていました。八重も女性の仕事に関しては、主に照姫の指示で動いていたものと推測されます。照姫自身が進んで、奥にあった着物などを兵士たちの毛布や包帯として提供したため、女中たちも皆競うように、自分たちの着物を兵たちのために使ったといいます。

戊辰戦争後は、実家である飯野藩お預かりとなり、明治17(1884)年、53歳で病没します。

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