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【戊辰戦争】

八重が落城の際に詠んだ雑物蔵

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カテゴリ : 観光施設

1868年9月22日、ついに会津藩は降伏、開城となり、午後には、本丸に篭城者が全員集められ一夜を過ごしました。その夜、真夜中12時頃、月が煌々と輝く中、八重は三之丸雑物蔵の白壁に「明日の夜は いずこの誰か 眺むらん なれしお城に 残す月影」と刻んだと言われています。
晩年まで、八重は依頼されるとよく頼まれてこの歌を幾つも書いておりますが、時代によって語句に多少の違いがあります。
三之丸は現在はありませんが、北は県立博物館から市営プールにいたる広い区域で、雑物蔵はプールの東側付近だとされています。

■ 料金
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