事業名称コピー及びデザイン表彰式
5月14日、会津若松市「八重の桜」プロジェクト協議会事業名称コピー及びデザイン表彰式が、会津若松市役所市長室にて行われました。 ロゴデザイン最優秀賞の近藤武志さんは、残念ながらご欠席となりましたが、ロゴコピー最優秀賞の猪…
八重と会津博のロゴがダウンロード可能になりました
オフィシャルサイトの「ダウンロード」から、「八重と会津博」のロゴと使用規定がダウンロードできるようになりました。 ダウンロードを選択し、右下にあるロゴをクリックすると、ダウンロード画面が出てきますので、そこからダウンロー…
千家所縁のお茶室
茶室麟閣
千利休が切腹を命じられた際、その子である少庵を預かった蒲生氏郷への礼として建てられたと伝えられるお茶室。藩祖・保科正之に仕えていた茶頭・山本道珍は、八重の祖先であるといわれています。そのためか晩年の八重は、円能斎直門に師事して茶道を極め「宗竹」という茶名を持っていました。もともと男性が多かった茶人ですが、現在女性の茶人が多いのも、八重が京都で女性向けに裏千家流を広めたからだと評価されています。
戊辰戦争後は、石州流会津怡渓派の森川善兵衛氏によって移築・保管されていましたが、平成2年に鶴ヶ城内の元の場所に移築されました。

| ■ 所在地 : | 会津若松市追手町1-1 | ■ サイトURL : | http://www.tsurugajo.com/index.html | |
| ■ アクセス : | 路線バス「鶴ヶ城北口」下車 徒歩5分(鶴ヶ城本丸内) | ■ 料 金 : | 高校生以上 200円 小中学生 無料 | |
| ■ 連絡先 : | 0242-27-4005 |
天下の名城
鶴ヶ城(会津若松城)
至徳元(1384)年、葦名直盛が、現在の場所に東黒川館を建てたのが始まりといわれています。文禄2(1593)年、蒲生氏郷が7層黒塗りと想像される天守を建て、鶴ヶ城と名付けました。寛永16(1639)年、加藤明成が西出丸と北出丸を増築し、現在と同じ5層白塗りの天守になります。その後、保科正之が入封した際、雪国でも割れにくい赤瓦へと葺き替えられました。
難攻不落の名城とうたわれ、戊辰戦争の際には、ここで1か月にもおよぶ籠城戦が行われました。八重も弟の仇を討つため、また主君のために、男装して籠城戦に参加。夜襲で敵陣に切り込むなどの大活躍を見せました。
戊辰戦争後は、明治政府によって破却を命じられましたが、昭和40年に再建。平成23年には、戊辰戦争当時の赤瓦に葺き替えられ、八重も見ていた当時の城が甦ることとなりました。

| ■ 所在地 : | 会津若松市追手町1-1 | ■ サイトURL : | http://www.tsurugajo.com/index.html | |
| ■ アクセス : | 路線バス「鶴ヶ城北口」下車 徒歩5分 | ■ 料 金 : | 高校生以上 500円 小中学生 150円 | |
| ■ 連絡先 : | 0242-27-4005 |


